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フリー活動におけるホウレンソウ

OSS

 お仕事では大事な「ほうれんそう」。しかし、OSSやフリーゲー開発など、ボランティアベースの活動における「ほうれんそう」はなかなか成り立ちにくい。

  • 報告…面倒くさい
  • 連絡…曖昧に
  • 相談…レスがない


 いつも難しいと思うのが連絡。外国人相手だと、互いにネイティブではないなどの問題があり、互いに用件にストレートにならざるをえないので、早めに判断が出来て、まだやりやすい。

 これが日本人同士だと大変。礼儀、行間の読み取り、阿吽の呼吸、遠い言い回し、深すぎる配慮、社交辞令など守らなければならないマナーがあり、曖昧で結論がつかみ取りにくい。しかもこの社会常識は日本共通のものではなく、実は業界毎、企業毎で大きく異なっているから、その擦り合わせにも気を配らないといけない。

 曖昧な情報のやりとりは、日本人同士の関係を円滑に維持するための必須条件だが、「プロジェクトが何かを達成する」という部分が置いてけぼりになりがちなのが苦しい。しかし市民が集まって何かをするというプロジェクトでは避けがたい要素になる。そこを軽視することは開発者が許しても周りが許さない。

 曖昧な日本流のやりとりで、特に開発プロジェクトにとって非常に困るのが、「できるのか、できないのか」「やるのか、やらないのか」の [y/n] 情報が手に入れにくいという点。ハラキリの責任感を要する "Yes" 発言もなかなか出ないが、 "No" 発言もまた出にくい。我々は「Noと言えない日本人」なので、確かに言い出しにくいかもしれない。しかし、

  • メールにレスがない
  • なんとなく断る雰囲気を出す


 だけではオンラインではどういう意思を持っているのか、これが本当に分からない。オフラインなら表情や間や空気で分かるかもしれないが。

 次に「期間」や「程度」などの定量情報も大事で、これがないと同じ "No" でも周りがどう対応していいのか分からない。例えば、

「今仕事がとても忙しいのです。ご迷惑をおかけします。しかし忙しい期間はそれほどでもありませんし、自分がプログラムを担当しているパートはできるだけ頑張ります!」

 というメールがMLに流れたら一体どう判断すれば良いのか。

 このメール自体は悪くない。忙しくて、貴重になった短い空き時間で他のことをしたい……と思った日本人ならこう書かざるを得ない。実際このメールの情報量はゼロに近いと思うが、日本人の魂は篭っているので誰も責められない。

 逆に素直に書いてくれればプロジェクトは助かるが、日本人はそんな言動は見逃さない。本人に良いことは何一つ起きないだろう。

 だからといって、もちろんこれだけの連絡では、アクティブメンバーをヘルプに付ければ済むレベルなのか、人を増やさないといけないレベルなのか、ロードマップの変更が必要なレベルなのか、復帰がいつなのか、本気で復帰する予定なのかどうかも分からない。

 ここから周りの人間が「このメールの90%はやさしさで出来ています」的な配慮と曖昧さに満ちたメールを毎回1時間とか2時間かけて書いて何度かやりとりするわけだ。いつか真意/結論へたどり着くために。

 しかし、それも結局、空気を読む判断材料を増やすためのやりとりで、ファイナルアンサーは得られない。

ファイナルアンサー:
「今は無理ですが将来は、できることは、可能な限りお手伝いしたいと思います」

 みたいな、解釈が2通りある同一の文面から、やめんのか続けんのかどっちなのか結論を導き出すための判断材料を増やすのだ。

 こんなの業務メールで出したら張り倒されるが、プライベートな対外メールとしては間違ってない。同じ立場なら自分だって誰だってこんなメールを出してしまうだろう。